ユーザー視点になりきれないのはWindowsの宿命なのです

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こんにちは。高木龍平@デジんちゅです。

 

昨日のブログでMacは使い手(ユーザー)視点、Windowsは作り手(開発側)視点で設計されているという話をしました。本日はなぜこのような違いが発生するかの分析です。ちょっとややこしい話になりますがおつきあいくださいませ。

 

Macが高度にユーザー視点での設計を実現できているのは、Appleがパソコン本体とOSをまとめて開発しているからです。

 

以前にスマホを例にあげ

スマホ本体(機械)⇔ OS ⇔ アプリ

という構造を解説しました。この構造はパソコンにもそのままあてはまります。

 

すなわちはAppleは

Mac本体【Apple】 ⇔ MacOS【Apple】 ⇔ アプリ【Apple + 各種ベンダー】

というようにパソコン本体とOSの両方を作っています。そのためパソコン本体とOSをひとかたまりとした上で「ユーザーにとって最も使いやすいパソコン」を追求できます。

 

一方のMicrosoft。こちらは一部モデルで自社製のパソコン本体を使ってはいるものの、大半はOS(Windows)だけの提供です。すなわち

パソコン本体【各種パソコンメーカー】 ⇔ Windows【Microsoft】⇔ アプリ【各種アプリメーカー】

という構造です。Microsoftが担当しているのは真ん中のOSだけ。こうなるとMicrosoftとしてはOSを開発する際にユーザー側だけでなく、パソコン本体側にも留意しつつ開発しなければなりません。そしてOSがパソコン本体上で正常に動作しなければ、使い勝手以前に全く使い物にならないので、最終ラインではユーザーよりもパソコン本体側を優先せざるをえません。

 

これがWindowsがユーザー視点になりきれない理由です。「OSのみを提供する」というビジネスモデルを前提としている以上、ユーザーよりもパソコン本体を優先しなければならず、結果としてユーザーがおろそかになることが多いのです。

 

「OSのみを提供する」というのがWindowsが爆発的に広まり事実上の標準OSとなった最大の要因ですが、それがユーザー視点になりきれない要因にもなっているのは皮肉なものです。

 

さてそのMicrosoftが本日パソコン本体もセットでてがけた新しいパソコンを発表したようです。

◯米マイクロソフトが新PC 学校向け、グーグルに対抗 https://this.kiji.is/232282702584923641?c=113147194022725109

 

学校用のパソコンで一度に多くのパソコンを管理するのに向いているとのこと。ユーザー視点で使いやすく、待たされないパソコンになっているといいなぁ。

 

ではまた明日!

 

 

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